2006年6月 コロンビア 野外伝承遊び大会








媒体名:El Colombiano(エル・コロンビアーノ)/ Area Metro (アレア・メトロ)欄 日付:6月1日
タイトル:笑顔を取り戻す路上遊び
写真:先週金曜日から4人の日本人招待客が在日コロンビア大使館を通じてカルダスに招待され、教育機関で公演を行っている。昨日はJoaquin Arstizabal(ホアキン・アルスティサバス)学校の子供たちが公演を楽しんだ。(上:藤田氏がけん玉を操っている様子。)
タケ(武田氏)は日本のコマの名人。ディアボロを操ったデモンストレーションも行った。大会開会式のエキジビジョンでも彼らは公演する。(下:武田氏がディアボロを操っている様子)
(抜粋)
・ 日本人がカルダスの学校で遊びの公演を行う
・ 第25回を迎える伝統イベントが本日開催
・ 3種目からスタートしたイベントが今日では12種目に。
4名の日本人の遊びの名人が先週金曜日から訪問し、厳粛だけれども色合い鮮やかで目を引く衣装を身につけ、彼らの到着を首を長くして待っていた何百名という子供たちの前で演技を披露した。
自己紹介が済むと、デモンストレーションがスタート。子供たちの楽しみが始まった。学校の中庭は、歓喜の声、感嘆と尊敬の声が上がった。
彼らはスペイン語を話しはしないものの、世界共通の言語である「遊び」で直ぐに気持ちを通じさせることが出来た。
武田氏はディアボロ(空中独楽)をまるで体の一部であるかのように操った。Taka(長谷川氏)はヨーヨーの世界チャンピオンで、藤田夫妻は日本の昔遊びをコミカルな表現も含めながら紹介した。
一番難しい場面だったのは、別れの瞬間だった。観客皆が彼らのサインを欲しがったり、握手を求めたり、話しをしたかったりと殺到し、日本人らは部屋に閉じ込められ、窓から対応出来るだけ対応して後、次の公演会場まで走るようにして移動したのだった。
この4人の日本人は在日コロンビア大使館を通じて招待され、今日から第25回路上昔遊び大会に参加し、各学校を公演して回る。
この大会の70年代に社会学を勉強していた学生グループが草案したことが始まりだが、実現したのはHumberto Gomez(ウンベルト・ゴメス氏)が1981年にカルダスの商業高校の教育者に任命されてからである。「私は今の子供たちが昔のようにボールやコマなどの遊びをしなくなったことに気が付いたのです。そして少しずつこのような遊びを教えて行き、子供たちも少しずつテレビゲームなどを止めて路上で遊び始めたのです。」
それからカルダスのコミュニティ、特に学長らや教授陣、そして学生を中心に働きかけたのだ。第一回目の都市は参加学校も少なく、少人数では合ったものの、熱気溢れるイベントになったという。少しずつイベントも力をつけてきて、教育機関のプロジェクトとして実行するまでになった。
このコンクールは2月から250名の学生で義務付けられた予選が行われる。さらに路上遊びの玩具制作所でも作り方を教え、その知識を各教育機関に広めてもらうのだ。
始めた当初は3種目だけだったイベントも25年の時を経て種目も増えた。
カルダスをコロンビアの「遊びの市」に変えたイベントが今日と明日開催される。









媒体名:El Mundo(エル・ムンド)
日付 2006年6月2日
タイトル 遊びが路上を占拠。
写真 日本から参加したグループが、コマやヨーヨーなどの伝統遊びを披露。(写真:藤田氏コマを手の上で回している様子)
(抜粋) ヨーヨーとコマ、その他昔遊びのプロの日本グループが、「第25回路上昔遊び大会」に参加するためカルダス市を訪問。
法学部とシステム工学部も、タカ(長谷川貴彦)とタケ(武田勉)のヨーヨーとコマへ対する情熱を超えることは出来なかった。この2人の日本人は、学歴を捨て、昔遊びの実演を普及させる世界に身を置く事にしたのだ。
この若い2人は藤田由仁・博子夫妻と共に、カルダス市の「路上昔遊び大会」への特別招待客として参加している。
世界ヨーヨーチャンピオンであるタカによると、他国に公演のために訪れたことは何度もあるが、カルダスで初めて何千という人々が路上に出て遊びを楽しんでいる光景を見たとのこと。
「路上遊びは私達の表現方法の一つ。子供からお年寄りまで一緒に遊べる機会を作ってくれる。」Pedro Luis Arbelaez(ペドロ・ルイス・アルベラエス)学校に在籍の高校1年生、Astrid Arcila(アストリッド・アルシラ)はこのようにコメントした。彼女も友人と共に大会に参加。
アルシラは、日本からの参加者がこのイベントに参加したことで、凧や隠れんぼなどの路上遊びが他国で遊ばれていることを初めて知ったという。
Beatriz Eugenia Gonzalez(ベアトリス・エウヘニア・ゴンサレス)市長によると、日本はヨーヨーとコマの発祥地であるが、招待客の4人は、コロンビア人の遊び方をみて非常に驚いており、特に玩具の重さには驚きを隠せなかったという。彼らは、木ではなくプラスチック製の玩具を使用していた。
また、タカは「この旅で最高に良かったことは、路上に出るとまるで私達が子供の頃から皆さんの友達だったかのように私達に声をかけてくれることです。それが一番嬉しいことです。というのも、私達はコロンビアを危ない国というイメージを持っていたものですから、親切で幸せな人々に会うことができ、嬉しく思っています。」
日本昔遊びの博物館を経営する藤田博子氏は、「こんなに人々が路上へ出て遊んでいるのを見たのはこの場所が初めてです。日本では昔遊びを家で遊びます。」と付け加えた。
イベントコーディネーターのHumberto Gomez Restrepo(ウンベルト・ゴメス・レストレポ)氏は、この大会は大会当日だけのイベントではなく、2月から各教育機関で子供たちが各自の玩具を制作することを教えることから始まり、長いプロセスの結果としてこの2日間の大会があるのだと述べた。
「学校の先生方が子供たちに玩具の作り方を教え、それから子供たち同士で競争し、各学校の上位5名を各カテゴリーごとに選出し、大会で他県からの選出者と競争するというプロセスがあるのです。」
市長は、次の大会では昔遊びのプロを新しく呼ぶだけではなく、路上遊びを国内の他県へも普及させ、大人も祭典へ参加し、子供に戻って遊びを楽しむ喜びを味わって欲しいと述べた。

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